大判例

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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)2721号 判決

原告 大洋自動車交通株式会社

右代表者代表取締役 吉田久次

右訴訟代理人弁護士 高野長幸

被告 丸井自動車株式会社

右代表者代表取締役 樽沢正

右訴訟代理人弁護士 谷川哲也

同 伊豆鉄次郎

同 早瀬川武

主文

一、被告は原告に対し、金一二〇万円およびこれに対する昭和四一年四月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決はかりに執行することができる。

事実

(原告の申立および主張)

原告は主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求原因としてつぎのとおり述べた。

一、原告および被告はいずれもタクシー営業を目的とする会社であり、かつ東京乗用旅客自動車協会(以下「協会」という)に加盟する会員会社である。

二、昭和三九年ごろ、ハイヤー・タクシーの運転手(第二種免許所持者にして乗務の経験を有する者)が不足していることに便乗し、支度金と称して法外な金員を要求し、各タクシー会社を転々とする悪質な運転手が都内に横行し、そのためタクシー事業会社の中でもこれら悪質運転手の作為的移転、引抜が目立ち、経営および労務面に支障を来たす会社もあらわれ、会員間にその防止是正を要望する機運が生じたので、協会としても会員相互間の紛争を未然に防止し、かつ悪質運転手の恣意を阻止して業界全体の安定と自持態勢を樹立するためその対策を検討した結果、昭和三九年四月協会理事会において「運転者移動防止に関する業者間協定」(以下「本件協定」という)が成立した。

右協定は協会の会務の運営について決議決定権限を有する理事会の決定に基くものであるから、それ自体協会加盟の会員会社を拘束する性質のものであり、しかも、右理事会の決定に対応して、会員会社は、原告および被告を含め、右協定を遵守する旨の誓約書を協会に提出したので、理事会の決定それ自体で加盟会社相互間を規制する効力がないとしても、各会員会社が右のように誓約書を提出することにより協会を通じて取極めた会員会社相互間の一種の契約であり、会員会社全員のため会員会社全員を拘束する効力を有するものである。

三、そして、右協定には会員会社は会員他社に所属している運転者ならびに会員他社を退職した運転者を退職後六ヶ月間は使用しないこと、右に違反して会員他社の運転者を使用した会員会社は当該運転者の所属していた会員他社に対して運転者一名につき金一〇万円の違約金を支払うべき旨定められている。

四、ところが、被告は右協定に違反して昭和三九年四月一日から同年九月三〇日までの間に現に原告会社に所属していた運転者ないし退職後六ヶ月を経過しない運転者である渡辺昭夫、渡辺臣夫、金子和吉、菅野尚敏、春日秀雄、佐藤清次郎、岩崎治男、近江昭二、宮崎恒雄、平山隆、鶴田康幸、北原国義の合計一二名を原告の意思に反して雇傭した。

五、そこで、原告は本件協定に基いて、被告に対し違約金として合計金一二〇万円および本件訴状送達の日の翌日である昭和四四年四月九日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の申立および主張)

被告は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告の主張に対してつぎのとおり述べた。

一、請求原因第一項の事実および同第四項の事実中、被告が鶴田康幸および北原国義を除く原告主張の運転者一〇名を昭和三九年四月一日から同年九月三〇日までの間に雇傭したことは認めるが、同項のその余の事実は否認する。

二、原告主張の本件協定は協会の理事会において決定されたいわゆる自治法規であって、協会とその構成員である会員会社との関係を定めたにすぎず、直接に会員会社相互間の権利義務を定めたものではない。

また、会員会社の一部の者が右協定につき誓約書を提出したとしても、全員がこれを提出しないかぎり、各会員会社と協会との間に第三者(他の会員会社)のためにする契約あるいは会員会社相互間の集団契約は成立しえないから、いずれにしても右協定は原告との関係において被告を法的に拘束するものではない。

三、かりに、右協定が原告および被告間の権利義務を定めたものであるとしても、これは民法第九〇条に違反して無効である。

すなわち、前記協会の加盟会社は東京都内のハイヤー・タクシー業者四百数十社のうち四一七社であり、非加盟会社は約二五社にすぎず、その所有するハイヤー・タクシーも加盟会社合計約二万七、〇〇〇台であるのに対して、非加盟会社約八〇〇台である。右のように東京都内の殆んどのハイヤー・タクシー業者を包含する協会内において、原告主張のような協定をつくり、その構成員である会員会社相互間で互に運転者の雇傭を制限し、会員会社が新しく運転者を雇い入れるときには指導委員会に照会して前歴を十分調査し、必ず前所属会社に連絡してその円満な了解を得なければならないものと定め、これを運転者一名につき金一〇万円というような罰則をもって強制することは、業者間の自由な競争を排除して運転者の就職の機会を制限することになり、その労働の自由ないし労働権を不当に侵害するに至るから、公序良俗に反して無効というべきである。

四、かりに、本件協定が有効であるとしても、右協定は、退職後一旦他の会社に就職した運転者および会社からの要求に基いて退職した運転者には適用がないと解すべきである。

そして、佐藤清次郎、岩崎治男、近江昭二、宮崎恒雄および平山隆は原告会社を退職した後、前記協会に加盟していない西武タクシー株式会社に一旦就職し、その後に被告方に入社したものであり、また、菅野尚敏および春日秀雄は原告の要求に基いて退職したものであるから、右の七名については本件協定の適用がないものというべきである。

(証拠)≪省略≫

理由

一、原告および被告がともにタクシー営業を目的とする会社であり、かつ、東京乗用旅客自動車協会に加盟する会員会社であることは当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫によれば、昭和三九年四月一四日、右協会の理事会において、「運転者移動防止に関する業者間協定」(協定期間は昭和三九年四月一日から同年九月三〇日までとする)が決定され、これに対応して原告および被告を含む右協会加盟の会員会社の七・八割が右協定を遵守する旨の誓約書を右協会に提出したこと、右協定には会員会社は会員他社に所属している運転者および同会員他社を退職した運転者を退職後六ヶ月間は使用しないこと、右に違反して会員他社の運転者を使用した会社は当該運転者の所属していた会員他社に対して運転者一名につき金一〇万円を支払うことという定めがあることがそれぞれ認められ、右各認定に反する証拠はない。

そうすると、協会の理事会において前記協定が決議されただけでは右協定に基づき直ちに会員会社相互間に権利義務を発生することがないと解しうるけれども、その後本件協定に関し誓約書を提出した会員会社は個々の集合した契約によって相互に右協定に定められた権利を取得し、義務を負担する関係にたち、その意味において、右協定の内容は法的拘束力を有するということができる。

三、次に、被告は本件協定は罰則をもって業者間の自由な競争を排除し、運転者の就職の機会を制限して労働の自由ないし労働権を不当に侵害するから公序良俗に反して無効であると主張するので、この点について判断する。

≪証拠省略≫によれば、右協定が締結された昭和三九年四月ごろ本件協会には東京都内の四百数十社のハイヤー、タクシー業者のうち、その大部分の四一七社が加盟していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして、≪証拠省略≫によれば、昭和三九年ごろのハイヤー、タクシー業界では資格のある運転者が不足しており、有資格の運転者が他社に引抜かれたため新規に運転者を養成する場合、諸雑費を含めて一〇万円を上回る費用が必要であったこと、協会はこれに対処して業界の安定を図るため、協会加盟の会員会社が他の会員会社所属の運転者を雇傭する場合に、これによって他の会員会社に生じる運転者養成費用相当額の損害を填補する趣旨で、本件協定に金一〇万円の支払条項を規定したことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右の事実によれば、協会加盟の会員会社が他の会員会社所属の運転者を能動的に引抜く場合に限らず、他の会員会社を任意退職した運転者を受動的に雇入れる場合についても一律に金一〇万円を支払わねばならないとする約定は、右認定のとおり、その金額が、もし新規に運転者を養成するとすれば、その養成に必要な費用に当っていること、および右金員の支払義務を定めたことが、運転者が他社へ転職したことにより通常蒙る損失をこれにより利益を受ける会員会社が填補する趣旨の一種の損害賠償額の予定と解せられることからみて、会員相互間においては合理的なものということができる。

ところで右協定と同一内容の契約は、前記のとおり、会員会社の属する業界の安定のため取られた措置ではあるが、会員会社に勤務する運転者が東京都内の会員他社(前認定の事実によれば、誓約書を提出した会員会社の数は東京都内のハイヤー、タクシー業者の七・八割に該当することになる)への就職を一定の限度(会員会社が運転者をその退職後六ヶ月内に雇入れる場合には前の会員会社に対して金一〇万円の支払義務を負担すること)で妨害する結果を導くものであることを否定できない。

そこで、その局面における右契約の適否を考察すると、一般に右契約の当事者が就職希望の運転者を採用しようとする場合には、従前の職歴のほか他の諸条件を考慮して採否の決定をするのが通例であると考えられるが、かりに職歴以外の他の諸条件が受けいれられた場合に会員会社を退職して六ヶ月を経過していないことが採用をためらわせる一因となることがあっても、それは結局、前記認定の業界における労働事情にかんがみ、右の一〇万円の出費をして雇入れるのが有利か、それとも採用しないで一〇万円の養成費を投じて他の新規の就職希望者を雇入れた方が有利であるかの使用者側の経済的裁量にゆだねられるものであり、右の金額は、前記の認定に照らして、採否の決定に当り選択の余地のないほど不当、かつ、不合理なものであると解することはできない。してみると使用者側が就職希望者の採否決定にあたり右の範囲で裁量権を行使することは、労働取引における法秩序の下において許容される範囲に属するものと解することができるのであって、右の範囲における裁量権の行使の結果取引の相手方たる運転者の就職が妨害される結果を導くとしても、それをもって運転者の労働権を不当に侵害するものとして右契約を公序良俗に違反し無効であるということはできない。

(もっとも会員会社所属の運転者がこのような協定内容を知らないで任意退職した場合、個々の事例において、生活上不測の困難に遭遇することが起りうることは否定できないけれども、そのことのゆえに、右契約自体が公序良俗に反し無効であるとすることはできない。)

従って右被告の主張は採用できない。

四、ところで、被告が昭和三九年四月一日から同年九月三〇日までの間に渡辺昭夫、渡辺臣夫、金子和吉、菅野尚敏、春日秀雄、佐藤清次郎、岩崎治男、近江昭二、宮崎恒雄、平山隆の合計一〇名を雇傭したことについては当事者間に争いがなく、また、≪証拠省略≫によれば昭和三九年三月ごろからその従業員の同盟罷業が行われていた被告は同年七月三〇日ごろに北原国義を、八月二三日ごろに鶴田康幸をそれぞれ運転者として雇傭したことが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

そして、≪証拠省略≫によれば、右渡辺昭夫他一一名はいずれももとは原告方に所属していた運転者であり、また別紙一覧表記載のとおりいずれも原告方を退職してから六ヶ月を経過しないうちに被告に雇傭された者であることが認められ右認定を覆えすに足りる証拠はない。

五、つぎに、被告は、被告が雇傭した佐藤清次郎、岩崎治男、近江昭二、宮崎恒雄、および平山隆の五名は原告方を退職した後に、一旦、本件協会に加盟していない西武タクシー株式会社に就職し、その後で被告方に来たのだから本件協定の適用がないというけれども、≪証拠省略≫によれば一時的に地方へ行った運転者を雇傭した場合にも本件協定の適用があることは文言上明らかであるが、東京都内の協会に加盟していない会社に就職した運転者の場合については明文で示されていないけれども、その場合でも、会員会社を退職した後六ヶ月を経過しない間は前同様右協定が適用されるものと解することが、運転者に去られた会社の損失を填補しようという右協定の趣旨にも合致すると考えられ、これを除外する合理的な理由も存しないので、被告の右主張は理由がないといわなければならない。

また、被告は菅野尚敏、春日秀雄は原告の要求に基いて原告方を退職したと主張し、証人今井栄一もこれに沿う供述をするけれども、右供述は≪証拠省略≫にてらしてにわかに採用できず、他に前記協定の適用を除外するに足りる事実の主張立証がない。

六、以上のとおり、被告は本件協定に違反して、原告方に所属していた運転者および、退職後六ヶ月を経過しない運転者合計一二名を雇傭したことにより、原告に対して合計一二〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四一年四月九日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるので、原告の本訴請求を正当として全部認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 緒方節郎 裁判官 定塚孝司 水沼宏)

〈以下省略〉

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